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東京地方裁判所 昭和23年(行)69号 判決

原告

牧田肇

被告

神代村農地委員会

主文

原告の訴は、いずれもこれを却下する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

請求の趣旨

原告所有の別紙目録の土地について、被告が昭和二十三年一月二十九日に定めた農地買收計画は、これを取消す。右買收計画に対する原告の異議申立に対して、被告が同年七月二十九日にした異議申立棄却の決定は、これを取消す。訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、請求の原因として、また被告の主張に対して、次のとおり述べた。

原告所有の別紙目録の土地について被告は、昭和二十三年一月二十九日に、自作農創設特別措置法第三條第一項第一乃至第三号および第五項第一、第二号に当るものとして、買收計画を定め原告は同年四月二十日に、その旨の通知書を受領した。原告はこれに不服であつたので、同月二十六日被告に異議の申立をしたが、被告は同年七月二十九日に異議を理由がないとする旨の決定をし、決定書謄本を同年八月十二日原告に送付(同月十日発信)した。然しながら、右買收計画及び異議に対する決定は次の理由から、いずれも違法である。

まず、買收計画について。(一)原告は本件土地を大正八年十一月頃から昭和七年二月頃までの間に五囘にわたつて、住宅建築の敷地とする目的で、坪当り金四円八十銭から十円という宅地の価格に相当する対価を支払つて買受け、それ以来建築の下準備をしてきた。今日まで建築に着手するに至らなかつたのは、その後の時局及び家庭の事情の変動からである。その間本件土地中地番五百七十一のイ及びロ並びに五百七十二の三筆の土地については、原告の申出によつて昭和十八年中八王子税務署が畑地から宅地に地目を変更したことがあり、これについては被告も同意を与えているはずである。又現在本件土地の一部が耕作されているようであるが、それは近傍の人が原告に無断で開墾、耕作しているのであつて、原告としては本件土地を農地として利用したことはないのである。更に本件土地は、戦時中木材の供出を命ぜられたことがあること、現在もその中央部に松の立木が数本残存していること及び前記地価の点からいつてこれを農地とみることは困難であるのみならず、その位置、四囲の状況及び地味の点からいつても、農地としてよりは宅地として利用する方が適当である。即ち本件土地は宅地である。これを農地として買收計画を定めたのは違法である。仮りに農地であるとしても、前記の如く他人が無断で耕作しているのであつて、小作地又は請負その他の契約に基ずき耕作の業務の目的に供している土地ではないから、前記法第三條第一項第一、二号に該当する農地として買收計画を定めたのは違法である。(二)自作農創設特別措置法による買收計画とそれについての異議に対する決定とは、一連の段階的発展をする行政処分であつて、その中の一の行政処分が違法であれば、他の行政処分もまた違法となる関係にあるから、のちに示すように、原告の異議に対する被告の決定が違法である以上、その前提処分である買收計画もまた違法である。

次に、異議に対する決定について。被告は原告の異議の申立に対しては、前記法第七條第三項の期間内に決定し、その決定書の謄本を遅滯なく原告に送付する法律上の義務があるにも拘わらず、前記の如く昭和二十三年四月二十六日に申立てた原告の異議に対して同年七月二十九日に至つて漸く決定し、この決定書の謄本を同年八月十日に発信した。右謄本を原告が受領したのは、同月十二日であり、これは被告の定めた買收計画に関する書類の縱覧期間(同年二月十三日から同月二十二日まで)の最終日である二月二十二日から約六カ月、右異議に対する決定のあつた日から十四日を経過しているのであつて、このため原告は、右決定に対して訴願をすることができなくなつたこれ即ち、被告の怠慢によつて、原告から訴願による不服申立の手段を奪つたわけである。かように法律上の義務に違反してした決定は違法である。

以上の次第であるから本件買收計画及び異議に対する決定はいずれも取消をまぬがれない。

被告の主張に対して一言すれば、前記の如く買收計画と異議に対する決定とは、一連の段階的発展をする行政処分であるから、本訴の出訴期間の基準日は、異議に対する決定のあつた日である。

の判決を求め、その理由として「原告は、昭和二十三年一月二十 の縱覧期間である同年二月十三日から同月二十二日までの間 右買收計画は確定した。そして本訴は右買收計画を定め から一カ月を経過した後である同年九月十日に提起され 異議申立に対し、被告は決定を与えているが、これはもとより である。いずれにしても、本訴は却下をまぬがれない」

と述べた。

そして、本案に対する答弁として、「原告の請求は、いずれもこれを棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、「原告の主張する事実のうち、本件土地が原告の所有であること、原告の主張するように、本件土地に対する買收計画、異議の申立、異議に対する決定があつたこと(但し異議申立のあつた日は昭和二十三年四月三十日である)原告の主張するように買收計画の通知及び異議に対する決定書の謄本の送付がなされたこと及び本件土地が原告の自作地でないことは、いずれもこれを認めるが、本件土地が宅地であることを、農地としてよりも宅地として利用する方が適当な状態にあること及び小作地又は請負その他の契約に基ずいて耕作の業務の目的に供している土地ではないということは、いずれも否認する。その余の原告主張の事実は知らない。本件土地は訴外小島源吉が大正八年頃原告から使用貸借によつて借受け、以来同人が耕作している小作地であり原告は不在地主であるから、被告が自作農創設特別措置法第三條第一項に基ずいて買收計画を定めたのは適法である。仮りに本件土地について、右の如き使用貸借契約がなかつたとしても原告は大正八年頃から耕作の目的に供しないで放置しているのであるから、本件土地は同條第五項第五号によつて買收しうべき不耕作地であり被告のした買收計画が別の項号に基ずいてなされたというだけで買收計画を取消すのは、公共の福祉に適合しないものというべく、従つて行政事件訴訟特例法第十一條によつて原告の請求は棄却しなければならない。いずれにしても、原告の本訴請求は失当である」と述べた。

理由

まず本訴の提起が適法であるか否かについて判断を與える。被告が原告所有の本件土地に対して、自作農創設特別措置法に基ずいて、昭和二十三年一月二十九日に農地買收計画を定めたこと、右買收計画に関する書類の縱覽期間が同年二月十三日から同月二十二日までであつたこと、右買收計画について原告が異議の申立をしたのは同年四月二十六日以後であること、被告がこれを受理して同年七月二十九日に異議を理由なしとする決定をしたこと及び右買收計画を原告が知つた日は同年四月二十日であることは、いずれも当事者間に爭いがない。そして本訴の提起された日が同年九月十日であることは、記録上明らかである。

原告の異議申立は、縱覽期間経過後になされたのであるから前記法第七條第一項但書によつて、一應不適法といわなければならない。しかし被告はこれを受理して、同年七月二十九日に決定を與えているのであるから、その効力を檢討しなければならない。訴願法第八條末項には、「行政廳ニ於テ寛恕スヘキ事由アリト認ムルトキハ期限経過後ニ於テモ仍之ヲ受理スルコトヲ得」とある。そこで処分廳に対する再審査の請求である異議申立についてもこの規定の準用があるかが問題になるのであるこの規定は、不服申立期間に関する例外規定であるのみならずある法律例えば地方自治法第二百五十六條末項及び土地改良法第百三十條第二項においては、「異議の申立は、期限が経過した後においても、容認すべき事由があると認めるときは、なお受理することができる」と規定しながら、他の法律例えば食糧確保臨時措置法においては、その第六條の異議申立についてそのような規定を設けていない、という立法の体裁から判断すると、特に準用する趣旨の認められない限りは、訴願法の右規定は、異議の申立には準用されないとするのが、一應筋の通つた考え方である、といえよう。しかし、いうまでもなく、かような形式論ばかりでなく、実質的な檢討をも加えなければならない。

自作農創設特別措置法による農地の買收処分が、急速に処理されなければならない要請のもとにあることは、同法第一條の明示するところである。なお、同法施行令第二十一條第一項は「政府は同法第三條の規定による買收及び同法第十六條の規定による賣渡を昭和二十三年十二月三十一日までに完了しなければならない。」と規定していた。この條文は、事実上実行が不可能であつたため、のちに削除されたものであるが、短期間内に買收、賣渡処分を完了するという趣旨は、けつして失われたわけではない。その上この法律による買收処分は、農地委員会によつて、その管轄区域内にある多数の農地について、集團的かつかなりの画一性をもつて行われるのである。かような性格を荷つた農地買收処分の第一の着手である農地買收計画に対して異議の申立が法律の認める申立期間を経過した後になされた場合に、それら個々の申立について、農地委員会がそれぞれの遅延の理由である個別的な事情をしんしやくして、異議の申立を受理すべきか否かを判断した上で決定しなければならないとするならば、急速かつ集團的な処理は不可能となり、右に述べたような本法のたてまえは全く沒却されることになるであらう。かように本法の性格を考えてくると、本法にみられるような特別の急速処分及び集團的処分の趣旨が認められない地方自治法や土地改良法が、前述したように特に異議申立期間について容認すべき事由があるとき、期間経過後の異議申立を受理することができる旨を規定しているのに反して自作農創設特別措置法が、そのような規定をおかなかつたということは、やはり実質的な根拠をもつているものということができる。

以上のように考えると、本法第六條による縱覽期間経過後の異議申立は不適法であり、かかる異議申立を農地委員会が任意に受理しても、不適法な異議申立を適法に変えることはできないのであつて、これに対し決定を與えても、異議に対する決定としての効力をもつものではないと解するのが妥当である。

あるいはいうであらう。原処分廳は違法な買收計画を何時でも取消又は変更することができる地位にあるのであるから、期間経過後の異議申立でも、これを受理して決定を與えた以上、その決定は有効としなければならない、と。その取消、変更の決定が有効であるという限りにおいては、まさにそのとおりである。しかし、その場合においても、それは異議に対する決定として有効であるのではなく、取消、変更の権限をもつ原処分廳の取消、変更の決定をして有効であるのである。そして異議棄却の決定は、異議申立に対する應答として意義があるだけであるから、異議申立期間経過後の異議申立に対して異議棄却の決定をしても、それは何も効力がないのである。

原告の本件異議の申立は不適法であり、これに対する被告の異議棄却決定は無効であつて、結局本件買收計画の取消を求める訴は、異議の申立を経ることなく提起されたものといわなければならないとともに、その出訴期間は買收計画を定めた時を基準として算定すべきであり、そして異議に対する決定の取消を求める訴は別箇に考察しなければならない。

本件買收計画を定めた日が昭和二十三年一月二十九日であり本訴が提起された日が同年九月十日であることは、前記の通りであり、その間本法第四十七條の二に規定する出訴期間を経過しているのである。本訴は異議決定を経ずに起したという点においても、出訴期間経過後に起したという点においても不適法であつて、却下をまぬがれない。

本件異議に対する決定は、前記のように取消をまつまでもなく無効であるが、被告はこれを有効だなどとはいわず、無効であることを認めているのであるから、原告の訴を、無効宣言を求める趣旨と善解しても、かかる訴を提起するについて確認の利益はないものといわなければならない。從つてこの訴もまた不適法として却下をまぬがれない。

原告の本訴は、他の点について判断するまでもなく不適法であるから、これを却下し、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟特例法第一條民事訴訟法第八十九條を適用して、主文のとおり判決する。

(新村 守屋 西村)

(目録省略)

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